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2018/06/13
法語 2018年 6月
「我々が最も欲しいものは自分自身」
我々は、欲望の満足に人生の満足を夢見る。しかし、それはキリのないことであり、最後の最後は全てを失うのが世の常でもある。
この生き様は、自己への不信感(自己不信―自分自身が自分自身に深く十分に受け入れられていないこと)に起因していると考える。
だからこそ、「我々が最も欲しいものは自分自身」と言える。
この我々に念仏が勧められる理由は、念仏によって自己への不信感を晴らし自己を獲得できるからである。